2018年5月26日土曜日

『イスラム報道』に学ぶ『前提の異なる立場とのやりとり』に気をつけろ!



先日テレビで見た100分deメディア論で紹介されていた1冊を、(全部じゃ無いけど)読みました。

イスラム報道 (みすずライブラリー)
エドワード・W. サイード
みすず書房
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↓以前書いた記事はコチラ

>>100de名著で紹介されていた本2冊目:エドワード・W・サイードの『イスラム報道』 | A's Thought web-Log(ATL)


要は、『イスラム』という言葉に

『ターバンをして、銃を持って、殺戮を繰り返している』というステレオタイプが

いわゆる西洋には大前提にあって、色々な記事・情報・研究が成されている、という現実に異を唱えている本です。


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まず、古い本だったので、図書館で借りて2週間読みました。

しかし、文章が難解すぎて、序文しか読み終えられませんでした。(それでも数十ページあるのですが)


ただ、そこにエッセンスは凝縮されていると思いました。

イラン革命をキッカケに、【イスラム】=【アメリカの敵】とする記者、論客。

イスラムの報道に携わっている人のほとんどが、現地語すら覚えようとせず、聞こえのいい内容の伝聞ばかり行ってきている現状。


大多数のムスリム(イスラム教徒)たちは、違うのに、

一部の、ごく一部のテロ行為や、侵略戦争によって、

全てのムスリムが、野蛮で非合理的であるかのような前提でもって、あらゆる報道を行っている。

今もなお、だ。


このような、言ってみれば『雑な扱い』を、仮にキリスト教などでやったら、大問題になっているだろう。

それが、なぜがイスラムについては、これが書かれた1990年代にも、そして今現在にもまかり通っている。


十分な歴史検証もされず、その地の人々の言葉を聞かず、派手に起こった事件だけに注目し、そうと決めつける。


これは、イスラムのコトに限らず、起きていることだと感じました。


グローバル社会の中、歴史的背景や文化の違いを意識せずに、他国の人々を理解することは難しい。

しかし、(よかれと思って?)構造を単純化するメディアによって、私たちは極めて簡単なステレオタイプを作り上げ、それを前提にコミュニケーションを行っている。

もしくは、真の意味でコミュニケーションが取れていない、というのが現状な気がする。


そして、国内でもこういったコトは起きていると思います。

転校生のいじめなんかは、その縮図ではないか。

歩んできた歴史が違うと、それを『我々と異なるもの』とみなし

それを異物化する。

ちょっと、(その人には当たり前の)くせのある行動を取ると、周りから嘲笑され、「なんだ、あいつ」みたいになる。


社会でもあります。

そもそも前提を理解していないのに、うわべの議論だけしている国会議員とか。それに対するデモとか。

沖縄や北方四島の問題なんかは、本州に住んでいる私には、その背景を正しく理解していないため、ときに滑稽に映るときがあります。

しかも、それを伝えているメディアもまた、正しく沖縄を理解していない本州の人であったりすると、その歪みは増幅されます。


韓国で従軍慰安婦の像を設置したい韓国人の心情が、大多数の日本人には理解できないはずです。

それは、韓国国内が持っている『前提』を正しく理解しない限り、無理なことです。


私が思う、一番いい解決案は、その場所に実際に行ってみることです。

自ら取材するのです。

マスメディアからの報道では、そこにバイアスがかかっているコトが分かりません。
(ほとんどの場合、視聴率やスポンサーの都合で、バイアスがかかっていないコトがめずらしいでしょう)

かといって、インターネット上の情報は玉石混交。

真実にたどり着くのには、難しそうです。予備知識は付けられると思いますが。


しかし、全ての案件に対して、自分で取材するのは不可能です。

ある程度はマスメディアの力に頼ることになります。


ただ、それを見るとき、我々は常に疑いの目を持って、情報に接する必要がありそうです。


マスメディアには、その情報を発信する場合、多少難解でもいいから、正しく報道してもらいたいです。

ある事案について、すぐに『AかBか』、みたいな言い方をするのですが

掘り下げていくと、AにはAの理由があって、BにはBの事情があって、一概にどっちかとは言えない、というのが現実の大半だと思います。

そう、それが現実の大半ですよ。

多くの社会人はそれを分かっていると思います。


それを、自分から距離のある案件だと、分かりやすい二元論が提示されたときに、それをそのまま受け入れてしまいます。

楽ですから。

おわりに

この『イスラム報道』は、典型的な、かつ世界最大規模の、そして西洋のほとんどの人々がしている、壮大な誤解・曲解について書かれています。

それに警鐘を鳴らしている本です。


私は海外旅行すら行ったコトが無いですし、宗教家の知り合いもいないので

肌でこれを感じたコトは無いのですが

他の事例に当てはめると、急に身近に感じました。


上司とかみ合わない部下。

反則タックルを事実上指示した監督と、その配下にいる選手。


偏光レンズや、それぞれが抱える事情の差というのは、至る所に存在します。


日本は、自国保守的な国です。

グローバル化が進むこのご時世において、こういったコトを念頭に置いておくのとそうでないのとでは、その後のコミュニケーションに大きな差が生まれるのでは無いでしょうか。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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